はじめに|いま、消防本部のSNSが危ない
近年、消防本部の公式SNS上で「消防救助技術指導会」(以下、指導会)に関する写真や動画が多く投稿されている。垂直のはしごを駆け上がり、壁体を突破し、ロープを伝い水面を泳ぎ渡るその姿は、一般市民にとっては感動的ですらある。「かっこいい」「すごい」「命がけで頑張っている」──そんなコメントが並ぶ中で、これを「職員の努力の結晶」として称賛し続ける本部すら存在する。
しかし、消防という公共組織が運営する公式SNSで、なぜ“その投稿”をあえて発信しているのかを考えたとき、そこには単なる士気高揚や防災広報を超えた、もっと根深い「組織の価値観の異常さ」が潜んでいる。
この記事では、消防志望者・公務員受験者に向けて、そうした発信を行う消防本部の危険性を明確に警告する。
【1】SNSに「指導会」を投稿することの意味
まず指導会とは、いわゆる「競技会」である。毎年全国規模で開催され、出場者は日々過酷な訓練に耐え、技術とタイムの向上に励む。内容は、はしご登はん、ロープ渡過、障害突破、水難救助など、いずれも迫力に満ちており、見る者の目を引く。
しかしこの「競技」は、実災害の現場とは根本的に乖離している。例えば、高層階への進入手段として垂直はしごをよじ登る機会が、実際の火災対応でどれほどあるのか?ロープ渡過はどのような災害で有効なのか?火災現場の煙、爆風、崩落、被災者対応など、あらゆる不確実要素が排除された“演技場”での動作を評価する構造が、いかに現場と遊離しているかは言うまでもない。
しかも、それをSNSに投稿するということは、「我々はこの活動に組織として価値を感じている」と世界に発信しているに等しい。つまり、そこには投稿すること自体が組織価値観の表明になってしまっている危険性がある。
【2】“根性論の信者”だけが騒ぐ指導会という構造
指導会の根本的な問題は、その内容以上に、それを支持・信奉する職員たちの構造にある。一部の人間はこの大会をまるで宗教のように崇め、全国大会出場を“職業的名誉”と信じて疑わない。そして、その“信者”たちは、SNSでその活動を誇示することに何の疑問も抱いていない。
だが、常識的な価値観で考えれば、こうしたイベントに実効性が乏しいことは明白だ。重要性を理解していないのではなく、そもそも重要ではないという認識が現場レベルでは広がっている。そうしたなかでも、未だにSNSでその様子を華々しく発信するというのは、その本部が「信者」の影響下にあることの証左であり、価値観として時代錯誤なのである。
仮にその組織に冷静な判断があるのであれば、こうしたものをSNSにあえてアップロードすることはない。裏を返せば、アップロードしているという事実こそが、その本部が「無意味な根性論」を本気で信じている組織であることを証明している。根性論ではない。無意味な根性論である。
【3】「根性論」そのものではなく、「無意味な根性論」であることが問題
ここで誤解してはならないのは、根性論を全否定しているわけではないということだ。災害現場において、人間の持てる力を超えて踏ん張る場面があるのも事実だし、肉体的・精神的な限界に挑む場面があることも否定できない。ある種の根性が、緊急対応能力に転化される局面もある。
だが問題は、指導会そのものが「無意味な根性論」になっているという点である。目的もなく、意味もなく、現場に通用しない技術の速さを競い、宗教的に信奉し、それを「努力」と信じて疑わない。そこには何の合理性もなく、ただただ旧時代の価値観を盲信する体質だけが残る。
現代の消防が直面しているのは、老朽化建築物への対応、複雑化する人命救助、地震火災の複合災害、少子高齢化と人口集中によるリスク分布の変化など、より多元的で現場的な課題であるはずだ。にもかかわらず、指導会への傾倒を“良き伝統”と誤解し、それをSNSで発信してまでアピールする本部がいまだ存在しているという現実は、もはや「滑稽」の域を超えて「危険」だとさえ言える。
【4】受験者が見抜くべき「時代錯誤な組織」のサイン
このように、消防救助技術指導会という“無意味な根性論”をSNSで発信している消防本部というのは、単なる広報活動ではない。そこには、その本部の内部価値観、思考、評価構造の異常さが露出している。
それを見抜けるかどうかは、消防という世界に入ろうとする人間にとって非常に重要だ。とくに、消防という職種に強いこだわりがあるわけではなく、「公務員として社会貢献がしたい」「安定している仕事がいい」と考えている受験者は、その選択の段階で絶対にそうした本部を避けるべきである。
なぜなら、あなたが評価される基準そのものが、合理性ではなく“根性の形”である可能性があるからだ。結果や実績でもない。努力の量でもない。真摯さでもない。根性の形が評価の基準であるとこの恐ろしさがわかるだろうか。
どれだけ知識を持ち、冷静に判断し、柔軟な行動ができる人材であっても、こうした組織では“大会で目立ったか”“声が大きいか”“走るのが速いか”といった、古典的な軍隊的評価軸でしか見られないことがある。そうなれば、自身のキャリアが劣化するのは当然である。
結び|あなたが入るべき場所か、それはSNSが教えてくれる
SNSは時に、組織の内面を無防備にさらけ出す鏡である。消防本部がどんな価値観で運営されているのか、どういう組織文化を持っているのかは、募集パンフレットよりもSNSを見た方がよくわかる。
そしてそのSNSに、今なお「指導会は職員の誇り」「この舞台のために1年頑張ってきた」などの文言とともに、非現実的でショーアップされた演技動画が堂々と投稿されているようであれば、その消防本部は“無意味な根性論を信奉する組織”である可能性が極めて高い。
あなたの未来を託すに足る場所か否か、冷静に見極めてほしい。
華やかなパフォーマンスの影にあるのは、組織としての硬直と思考停止かもしれないのだから。