消防局が強調する救急出動の多忙さ
長崎市消防局が報道を通じて発信した記事では、救急車の出動件数増加による「多忙さ」が強調されました。
具体的な数字として、2024年の救急出動件数は2万9058件に上り、1日あたり平均79.6件(約18分に1回)のペースだったと報じられています。消防局の説明では、新型コロナ流行前後で出動が増え年間2万8千件超が続いていることや、高齢化などを背景に増加傾向が続く現状が示されています。
また記事中では、**「救急隊は多いときには10件連続で対応し、最大で14時間も休憩を取れなかった」という極端なケースも紹介され、隊員が「休む間もない」**ほど過酷な勤務を強いられているかのような印象を与えています。こうした数字やエピソードを挙げて、消防局は市民に対し救急車の適正利用(不要不急の119番を控えること)を呼び掛ける一方、自らの現場の過重労働ぶりをアピールしているように見えます。
数字から見える実際の業務負担
しかし、提示された数字を冷静に分析すると、その「多忙」ぶりが必ずしも常態ではないことが浮かび上がります。長崎市消防局管内で運用されている救急車の台数は少なくとも18台以上と推測されます(※消防年報より)。この台数と先述の出動件数から、1台の救急車が1日に対応する平均出動件数を試算してみましょう。
- 総出動件数(2024年): 約29,058件(1日平均約79.6件)
- 救急車の台数: 約18台(推定)
- 1台あたりの平均出動件数: 約4.4件/日(79.6件 ÷ 18台)
すなわち救急車1台につき1日あたり4~5件程度の出動を処理している計算になります。確かにピーク時には1隊が立て続けに10件もの要請に当たる場合もあるとのことですが、それはあくまで「多いとき」の例外的なケースです。
平均的には1隊(救急車1台・3人一組の救急隊)が1日に数件程度の対応を行っているに過ぎません。
では1件の救急対応にどれほど時間がかかるのでしょうか。一般的に119番通報を受けてから現場に到着し患者を病院に収容するまでの所要時間は、全国平均で見てもおおむね1時間以内です。消防庁の統計によれば、現場到着までの平均時間は約10.3分、病院収容までの平均所要時間は約47.2分というデータがあります。
長崎市内でも病院が多数存在するため搬送時間は比較的短い傾向にあると考えられ、1件あたり概ね1時間前後で処置は完了しているでしょう。
仮に1台の救急車が1日に5件対応したとしても、実働時間は合計5時間程度と見積もられます。残りの時間(24時間中の約19時間)は待機時間や基地(消防署)への帰着、休息などに充てられているはずです。
したがって「休む間もない」ような状態が毎日起きているわけではなく、多くの時間は待機や休憩に充てられているのが実情だと考えられます。消防隊員は24時間交替制勤務であり、待機中や夜間の仮眠も勤務の一部です。もし本当に連日長時間休憩なしで働き詰めであれば、労働基準法上も問題になりかねません。現場の努力を否定するわけではありませんが、提示された数字の平均的な姿を見れば、実際の業務負担は消防局がアピールするほど常に過酷と言えるものではないことがわかります。
「休む間もない」アピールは世論誘導か?
以上のように、長崎市消防局の発信した記事は局側に有利な数字や事例を強調することで、市民に「消防は大変だ」という印象を与える内容になっています。メディアの報道形式をとっていますが、その実態は消防本部が発表した情報を垂れ流しただけの記事と言えるでしょう。
いわゆる「記者発表モノ」の域を出ず、第三者的な検証や疑問は挟まれていません。このように一方的に自らの労苦を強調し、市民に理解と同情を求める情報発信の手法には、世論を消防組織に好意的に誘導しようとする意図が透けて見えます。いわば**「プロパガンダ」的な側面**を帯びた記事だという指摘も可能です。
そもそもインターネット上の記事は、自治体や官公庁からのリリースをもとに作成されるケースが少なくありません。
今回の長崎市消防局の「救急出動多忙」記事も、消防局側からメディアに持ち込まれた(いわゆる**「投げ込み」による)広報的な記事である可能性が高いと考えられます。
記事内容は消防局の担当者コメントや統計数値の紹介に終始し、「なぜ救急需要が増えているのか」「業務効率化の余地はないのか」といった深掘りや、現場以外の視点(例えば市民側の意見や独立した専門家の見解)の紹介は見当たりません。
結果として「我々はこんなに忙しいのだから、119番の乱用を控えてほしい」という消防局の主張そのまま**が発信されています。メディア記事の体裁を借りているものの、実質は消防組織の広報メッセージと大差ない内容であり、批判的に読めば恣意的な世論形成を狙った発信と受け取ることもできるでしょう。
市民の誤解と善意が利用されている現状
このような消防局寄りの一方的な報道に対し、多くの市民は素直に受け止め、疑問を抱かず同情的な反応を示しているようです。実際、Yahoo!ニュースのコメント欄を見ると、「消防は本当に大変な仕事だ」「文句を言う人の方がおかしい」といった趣旨の声が多数寄せられていました。
記事の内容をそのまま信じて「こんなに頑張っている消防隊員に文句を言うなんてけしからん」「もっと消防に予算や人員を増やすべきだ」という論調さえ散見され、批判的視点はほとんど見受けられません。こうした反応から浮かび上がるのは、市民の善意(消防・救急への感謝や敬意)が消防組織の自己演出にうまく利用されてしまっているという構図です。
もちろん、救急隊員の日々の献身的な働き自体は尊重されるべきです。しかし、本来は冷静なデータ分析や第三者視点からの検証が必要なテーマであるにもかかわらず、消防局の言い分のみが強調された記事によって市民が一方向からの情報しか与えられず、結果的に誤解したまま善意の声を上げている現状には問題があります。消防組織への信頼や好意的な世論そのものは市民の善意から発しているものですが、その善意が組織のプロパガンダ的な広報戦略の思惑通りに動かされているとすれば看過できません。
以上のように、長崎市消防局が発信した「救急車出動の多忙さ」を訴える記事は、提示された数字の捉え方次第で印象が大きく変わるものであり、安易に「休む間もない過酷な職場だ」と鵜呑みにすべきではありません。一見もっともらしい主張の裏に、組織による世論操作の意図が潜んでいないかを考えることが、情報社会に生きる我々市民には求められていると言えるでしょう。
そして最大の問題は、「僕たちはどう騙すか」ということを日々必死に考えている消防職員が数多くいるということです。今回の記事のように、極端な数字を引き合いに出し、実際の状況とかけ離れた状況を想像させつつ、通常の話にすり替える。このような詐欺の常套手段のようなことが乱用されているのです。
さらに言うと、意図して騙そうとしているのであれば、救いようがあります。騙すことに対する後ろめたさが存在しているはずですから。しかしながら、彼らは意図せず騙すという行動を選んでいるケースが非常に多いです。日常的に人を騙しているため、後ろめたさもなくなり、騙しているということすら忘れてしまう。もっと言えば、自分が聖人であるとすら勘違いしてしまうのです。