道頓堀火災を三層で検証する― 直接・間接・根本で捉える殉職事故

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事故原因は三層で考える ― 直接・間接・根本

あらゆる物事の原因は、大きく三つに分けて整理できます。

  • 直接原因
    医学的・物理的に命や損傷をもたらした最終要因。火災では酸素欠乏、一酸化炭素中毒、熱傷など。医療行為で対処できるのは主にこの層です(出血多量なら止血、呼吸不全なら気道確保等)。
  • 間接原因
    直接原因に至るまでの過程で作用した判断・手順・環境の要因。例えば、当該局面での活動方法の選択、情報の確度の評価、撤退基準の運用、連携や通信の実効性など。ここは断定ではなく、検証を通じて可能性を一つずつ点検する領域です。
  • 根本原因
    組織文化、訓練体系、制度設計、評価指標、教育の在り方といった、間接原因を繰り返し生みやすくする土壌。ここを変えない限り、偶然の回避に頼る再発防止しかできません。

この三層を切り分けて見ない議論は、対症療法に終始し、再発を防げません。

残念ながら、現在の消防士たちは、このような考証・検証をするのが非常に苦手です。

参考記事 なぜ消防職員に発達傾向の人が多くなるのか|「適応」が再生産される組織の構造的問題

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身近な具体例で三層をイメージする

例1:交差点での交通死亡事故

  • 直接原因:致命的な頭部外傷、出血多量、致死性不整脈など。
  • 間接原因:赤信号無視、速度超過、雨天での視界不良、シートベルト未装着、タイヤ摩耗、運転中のスマホ操作、運転者の疲労。
  • 根本原因:過密な配送スケジュールや長時間労働を促す評価制度、右直事故が多いのに改良されない交差点設計、交通安全教育や取締りの弱さ、組織としての安全文化の未成熟。

例2:建設現場での高所墜落事故

  • 直接原因:多発外傷、頭部外傷、胸腹部損傷。
  • 間接原因:足場の未養生や手すり未設置、安全帯・ランヤード未使用、点検不備、雨で滑りやすい路面、作業手順の省略。
  • 根本原因:工期最優先の風土、下請け多層化による責任の曖昧化、安全教育の不足、安全衛生管理者の権限不足、安全対策費の予算配分が小さい組織設計。

例3:情報漏えい(誤送信やフィッシング被害)

  • 直接原因:機密データの第三者への送信、認証情報の窃取による不正アクセス。
  • 間接原因:メールアドレスの自動補完ミス、二要素認証未設定、添付ファイルの暗号化漏れ、権限設定の誤り、テスト用データの使い回し。
  • 根本原因:スピード重視の評価制度でチェック工程が軽視される、継続的なセキュリティ教育の欠如、DLPなど技術的統制の未整備、経営層のコミット不足と責任の所在不明確。

 これらを見て理解できると思うのですが、すべてにおいて間接原因をどの程度掘り下げて検証するかがカギになることがわかると思います。

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道頓堀の火災で二名が殉職した事実と、議論の偏り

 2025年の道頓堀の火災では、二名の消防職員が殉職しました。報道では直接原因として酸素欠乏が伝えられています。ここまでは必要な事実です。

 問題はその先です。現場を知る消防士・元消防士を含む多くの言説が、直接原因だけを取り上げ、酸欠を防げば殉職を防げたというニュアンスに流れがちであることです。あるいは、間接原因にまで思考が追い付かないのが現状です。

 これは危うい発想です。なぜなら、直接原因は医療的に対処しうる結果面の話であって、なぜその結果に至ったのかという過程面(間接原因)や、それを反復させる仕組み(根本原因)を照らし出しません。

 今回の活動で行われた屋内進入は、必要だったのか、不要だったのかで意見が分かれている局面でした。

 まさにここが検証の核心です。にもかかわらず、直接原因の一点だけで議論を閉じてしまえば、意思決定や戦術運用の妥当性撤退のタイミング情報の取り扱い指揮の構造など、再発防止に直結する論点が置き去りになります。

 本稿は個人を断罪する意図はありません結果論で誰かを責めるのではなく、結果を生んだ構造を言語化することが目的です。

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直接原因だけを見ても再発は防げない

直接原因に注目するだけの議論には、少なくとも三つの落とし穴があります。

  1. 対症療法に偏る
    酸欠という結果に対し、機器や装備の話に終始しがちです。装備は重要ですが、同じ判断が繰り返されれば同じ結果に近づきます
  2. 時系列が抜ける
    進入口の状況、奥の見通し、煙・熱の変化、通信のやり取り、退路の確保など、時間の中でのリスク評価の更新が見えなくなります。
  3. 責任の所在が曖昧になる
    直接原因を口にするだけでは、誰が、いつ、どの根拠で、どの代替案と比較して決めたのかが検証されません。これでは学習も改善も起きません

まさにこの思考的構造は消防士型上司の典型的特徴です。
参考記事 消防士型上司とは ― 最近話題の新しいカテゴリ

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間接原因として点検すべき視点(断定ではなく、検証仮説)

以下は断定ではなく、検証のための問いとして列挙します。実際の資料・記録・証言と照合されるべき仮説群です。

  • 屋内進入の必要性評価
    当該時点の逃げ遅れ情報の確度はどの程度か。不確実性が高い局面での進入しきい値は共有されていたか。
  • 小進入と即時評価という選択肢
    進入は二者択一ではありません。浅い距離・短時間・合図と退路の事前合意による小進入で情報を増やして即退却という手筋が、現実に取れたか。
  • 撤退基準の運用
    視界、熱、崩落音、ホース屈曲などの定量・定性的しきい値が共有され、言語化して伝達されていたか。
  • 指揮の二層構造
    俯瞰指揮(全体の方針)局面指揮(その場の安全)が明確に機能していたか。命令が衝突した際、局面の安全判断を優先し俯瞰が一時停止して更新する運用は生きていたか。
  • 通信とフィードバック
    現場から上位へ事実→提案→再判断時刻の短い返しは成立していたか。危険の違和感を言語化し、修正を引き出せたか。
  • 時間管理
    30秒後・1分後の再評価など、時間で区切る運用が合意されていたか。長居によるリスク上昇を抑える設計があったか。

 これらはどれも、直接原因を生んだ道筋に関わる要素です。ここが見えなければ、装備を替えても、スローガンを掲げても、同型の事故は止まりません。

参考記事 大阪市での殉職者を出した火災に寄せられるコメントや意見について
参考記事 火災報知器の不備と消防士殉職 違反建物にすり替えられる本質的議論
参考記事 ベテラン不在が露呈した大阪ビル火災 22歳と55歳が同じ死を遂げた消防組織の皮肉

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根本原因として問い直すべきこと

  • 英雄視の文化
    勇敢さが過大評価され、止まる勇気撤退の正当性が過小評価されていないか。
  • 評価指標と表彰
    迅速な進入・初期制圧が評価され、安全に命令を運ぶ行動撤退による損失回避が評価されにくい設計になっていないか。
  • 訓練の言語化不足
    しきい値、合図、退路、小さな契約(距離・時間・戻り方)など、現場で口に出せる言葉が十分に教えられているか。
  • 査察偏重の反射行動
    事故後に建物側だけを点検するパターンが、指揮と戦術の検証から目を逸らす装置になっていないか。

根本原因の是正は時間がかかります。しかし、ここに手を付けない限り、間接原因は繰り返し再生産されます。

関連記事 道頓堀火災の殉職事故を受けて、消防学校の授業案

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「違反建物=間接原因」という考え方を正す

 消防法令に違反した建物で火災が起きた、という事実は背景条件です。現場に到着した消防側がその場で変えることはできません。

 いっぽう間接原因とは、現場や組織がその場で選べた行動や判断のことです(進入のしかた、撤退の基準、通信のやり取り、時間の切り方など)。この二つは別物です。

 わかりやすく言うと、交通事故で「雨が降っていた」は背景条件、「赤信号で進んだ」「シートベルトを外していた」は間接原因に当たります。

 医療でも「出血多量」は直接原因、「刃物で刺された」は間接原因、「社会的的なストレスを抱えて犯行に至った」は根本原因です。

 消防に置き換えると、違反建物はに近い性質で、危険度を上げはしますが、それだけで殉職が決まるわけではありません。

 重要なのは、「違反を前提に戦術や指揮をどう変えたか」という可変部分の検証です。

 もし建物が適法でも、同じ判断と運用なら事故は起こり得ますし、違反があっても、判断と運用が適切なら被害は減らせます。

 だから「違反建物だった=間接原因」と短く結ぶのは誤りで、私たちはその場で変えられたこと
・進入の閾値
・小進入→即退却
・撤退のしきい値
・全体の俯瞰的指揮と進入口の局面指揮の連携
・事実→提案→再判断時刻の通信
に目を向ける必要があります。

 感情ではなく、何が選べたかで振り返る——その視点が、次の現場で命を守ります。

関連記事 大阪市での殉職者を出した火災に寄せられるコメントや意見について
こちらに、多数の一般人の死傷者を出したが、消防士は誰一人殉職しなかった火災について書いています。

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まとめ ― 三層を分けて、同じ悲劇を繰り返さない

  • 直接原因は必要な事実です。ただし、それは最終結果の記述にすぎません。
  • 間接原因は、意思決定・手順・環境の過程の質の問題です。ここを断定でなく検証で詰めることが、再発防止の核心です。
  • 根本原因は、文化・制度・訓練という構造の問題です。ここを変えない限り、偶然に救われるか、偶然に失うかの差しか生まれません。

本件について、直接原因だけを繰り返す議論は、危険の本体から目を逸らすことになります。必要か否かで意見が分かれた屋内進入、その判断の根拠と運用、指揮の二層構造の実効性、撤退基準と時間管理――このあたりを淡々と、記録と時系列で検証する。それが、二人の犠牲を次の現場で減らす唯一の道です。