概要
令和3年5月24日に、新型コロナウイルスのワクチン接種を加速する目的で、救急救命士や臨床検査技師をワクチンの打ち手として活用し、「数万人の打ち手を確保したい」と表明した。
これを受けて、厚生労働省は救急救命士等を打ち手として活用するかどうかを議論する有識者検討会を設置する方針であるとのこと。
この打ち手としての活用については、新たな法整備をするのではなく、運用で対応する考えであるとのこと。救急救命士の有資格者は約6万4千人おり、大幅な打ち手確保につながると考えているようである。
現時点においては、医師と看護師が接種をおこなっており、有資格者であるが看護師業に就いていない潜在看護師の活用を進めるほか、研修医や歯科医師についても条件付きで接種可能としている。
救急救命士の活用と人数
現在登録されている救急救命士の数は約6万4千人おり、そのうち約4万人が消防職員として勤務している。消防署で勤務している4万人の多くは24時間勤務で救急車に乗車し救急業務に従事している。勤務体系を崩して打ち手として活用するとなれば、少なからず救急業務に穴を開ける必要がある。
ただでさえ、救急搬送困難事案がコロナウイルスの影響で負担になっている状況において、慎重な調整・判断が求められる。
4万人の消防職員で勤務する救急救命士がいるとすれば、、2万4千人は救急救命士として消防署等で勤務していないということ。
では、この2万4千人はどこで勤務しているのか。
統計上のデータは公表されていないため、正確な状況はつかめないが、救急救命士として消防署で勤務をしてみたが、理想と現実の差に落胆し、医学部や看護学部に通い、医師や看護師免許を取り、現在は病院で正式に医療従者として働いているケースも少なくないだろう。特に看護師に転職した人は多いと感じている。
人の命を救いたいという思いで救急救命士の資格をとり消防署で救急隊として勤務をしてみたものの、大半は軽症患者や精神疾患の頻回利用者の相手ばかりで、このままでは何のために救命士になったのか分からない。救急救命士に与えられた権限も中途半端。人の役に立てるのはこの場所じゃないと感じて辞めていく人も少なくないことでしょう。
つまり、現在消防署で勤務していない救急救命士の2万4千人のうち、何割かは別の医療職に転職をしている可能性が高い。
救急救命士としての資格の歴史は約30年で、歴史は浅い。とはいうものの、消防が行う救急業務に特化した資格であったため、当時から消防署で救急車に乗っていた隊員が順番に取得していった経緯がある。年功序列の体育会系縦社会の消防組織としては、年長者から資格取得を開始しているため、40代で救急救命士の資格を取得した人も多かったため、それらの人は現在70歳を超えていることになる。
はたして活用の効果はあるのでしょうか。
医療従者としての救急救命士
救急救命士として行う医療行為については、医師法ではなく救急救命士法に基づいて行われるものであり、認められている代表的な行為は下記のとおりとなっている。
・心停止時の乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保のための輸液
・心停止時のエピネフリン投与
・チューブを用いた気道確保
・非心停止低血糖患者に対するブドウ糖液投与
・非心停止ショック傷病者への乳酸リンゲル投与
・自己注射可能なアドレナリン製剤によるアドレナリンの投与
・自己検査用血糖測定器を用いた血糖値測定
・チューブを用いた気管内吸引
・自動体外式除細動を用いた除細動
よく海外の映画において、救急隊が現場で胸に注射針を刺したり、メスで一部を切開したりするシーンをみかけるが、これらは誇張である場合もあるが、日本の救急隊や救急救命士には認められていない行為であり、医師法に抵触することとなる。
上記に列記した行為についても、一般的に認められているわけではなく、消防署等で勤務し、救急車に乗り救急隊として活動しているときに限って認められているものである。
つまり、救急車を降りてしまえば救急救命士としての上記行為は許されることはなく、法的な罰則を受けることもある。
過去に勤務中ではない救急救命士が、交通事故により大けがを負った人を発見し、上記の一部の行為を行った事件があった。その救命士に対しては定職の懲戒処分がくだされ、同日に依願退職している。救急救命士法や医師法に抵触した件についての処分については明らかではないが、懲戒処分がなされていることを考慮すると、何かしらの罰則があった可能性もある。
人命救助という目的をもって生活をしていた人で、法の中ではこの人が死んでしまう!法を犯してでも命を助けたい!とでも思ったのであろう。漫画の世界ならば称賛されたかもしれないが、現実はそうならなかった。
医師については、その資格さえあれば、24時間医師であり、医師としての行為が認められている点で大きく異なる。
運用という大きな問題
今回の打ち手に救急救命士を充てる件については、法改正ではなく、運用により実施する考えであるとしている。
この点が大きな問題である。
政府は過去に何度も法の解釈を誤った運用により個人や地方自治体に損害を与えて、被害者からの訴えにより裁判に負けている経緯があります。
記憶に新しいのは、総務省がふるさと納税に関連する法の解釈を捻じ曲げ、特定の自治体へのふるさと納税を事実上禁止したものの、ターゲットにされた地方自治体から訴えられ、最高裁まで争った結果、総務省が敗北している。
これに関しては実際に手を下したのが総務省であったため、訴えられたのが総務省そのものであったが、この新型コロナウイルスワクチンの接種を行うのは救急救命士個人であり、万が一の事故の際にどのようなロジックで訴えられるか分からない。
すべて厚生労働省や派遣元の地方自治体消防本部が面倒を見てるれるのであればよいが、ワクチンの副作用・副反応ではなく、接種という行為に対する副反応が出た場合の責任の所在はどうなるのでしょうかね。
救急救命士に認められている行為は先に紹介したとおりであり、運用として具体的記載のない事項まで認めるとなれば、法そのものの存在意義が薄れてしまい、法の冒涜に他ならない。ワクチン接種ごときに法改正は必要ないという前例を作ってしまえば、政府の解釈・運用により救急救命士の行為は秩序なく認められることとなってしまう可能性がある。
適正な教育を受け、万が一の場合にも、それらに対応するだけの技術知識を持った医師が医療行為を独占しているからこそ一定水準を満たした質の高い医療を受けられる状態なのにも関わらず、こういった運用は医療の質を下げることに繋がりかねない。
救急救命士を本当に打ち手として使うのであれば、まずは法整備を行うべきであろう。