はじめに──「忙しい」を鵜呑みにしない
八戸消防本部は6月から平日9時-16時限定の「本部(日勤)救急隊」を正式運用すると発表した。
本部の説明はこうだ。
- 救急出動件数が年々増えている
- 夏場の集中出動で周辺署の応援が頻発
- 昨年8月の試験運用で到着時間を“平均1分短縮”できた
──だから常設に踏み切る、と。
だが数字を真顔で並べられただけで、われわれは「忙しいんだな」と信じ込んでいいのだろうか。
1 救急車10台 × 年15,222件=実は“1日4件”
消防年報を読むと、2023年の救急件数は15,222件。
同本部が公表する“常備救急車”は10台。単純平均はこうなる。
- 1台あたりの年間出動件数=1,522件
- 1日あたり=4.17件
1回の現場所要時間を仮に1.3時間と置く。
4.17回 × 1.3h ≒ 5.4時間。
言い換えれば、18時間以上は車庫待機なのだ。
しかもこの平均には、夏場に多発した熱中症搬送も含まれている。
繁忙月の“ピークシフト”を除けば、1日2〜3件の車両も珍しくない。
5時間半稼働 × 18時間待機
「忙しいから日勤隊を増やす」の説得力は、この計算だけでほぼ崩れる。
2 「1分短縮」のカラクリ──応援要請の時間調整で作れる数字
昨年8月に行った試験運用では、到着時間を平均約1分短縮できたという。
消防側はこれを“劇的改善”と強調するが、内訳を精査するとこうなる。
項目 | 従来平均 | 日勤隊試験月 | 差 |
---|---|---|---|
出動指令〜現場到着 | 8分01秒 | 7分02秒 | -59秒 |
出動件数 | 15,222/年 | 1,324/8月 | +? |
ポイントは「周辺署応援出動の解消」を同時に行っている点だ。
応援要請の取り下げ自体が平均を圧縮する要素になるため、単純比較で“1分短縮”と言われても“試算上の足し算”にすぎない。
3 忙しいのか、暇なのか──実働10時間で回せない理由
消防本部の通常日勤職員は8:30-17:15が標準勤務。
宿直救急隊員は24時間拘束内で仮眠6h+休憩2hを引くと正味15~16時間。
救急車が10h稼働しても残り5~6hは事務・訓練に充てられる
これが事実である。
一方、同本部は「平均5.5時間稼働で体力限界」と言い、新たに日勤隊15人を本部各課から“引き抜き”非常車を稼働させる。
10台を7台に絞り、平均稼働を8hにする
──普通の企業ならまず考えるこの選択肢は一切議論されない。
統計は本来、車両削減と経費削減の根拠になるはずが、
八戸では「忙しい演出」の弾薬になっている。
4 非常用車の“常用化”という矛盾
今回使う車両は「故障代替用の予備救急車」。
本来は非常時に臨時運行するものだ。それを平日日勤で常用化するのは、本質的に車両配置過剰を示す無言の証明にほかならない。
- 予備車は保険であって“もう1台張り付けるため”ではない
- 15人の要員は本部事務・予防査察・通信指令から抽出
- 本部“頭脳部門”の工数を削り、“出動ゼロ日の方が多い隊”に回す
このロジックに財政的合理性を見い出すことは難しい。
5 「ピークシフト」は昔から分かっていた
八戸消防本部の救急統計を月別・時間帯別に並べると、出動の山は誰の目にも明らかだ。
時間帯 | 年間平均出動数 | コメント |
---|---|---|
00–05時 | 0.8件 | 真夜中~早朝はほぼ鳴らない |
06–11時 | 2.1件 | 出勤・通学ラッシュと高齢者転倒 |
12–17時 | 2.7件 | 昼食後の体調急変と交通量ピーク |
18–23時 | 1.5件 | 飲酒絡み・就寝前の急病 |
つまり日中 12–17 時帯に偏って救急要請が増えることは、少なくとも 2000 年代前半の年報から一貫して示されてきた。
にもかかわらず、当局は「宿直隊が足りない→車両増強→また暇の時間が増える」という循環を放置し続けた。
ピークに合わせて配車数を増やすのではなく、
ピーク以外の時間帯に車両を寝かせる発想から抜け出せない。
今回、ようやく局内に「時間帯偏り」へ言及できる職員が出てきた──しかし答えが“車両増やします”なのだから、統計を読む力が育っても、それが限界で、最低限の財政に還元されていない。
6 「忙しさ」を物語化すると予算が取れる
地方消防で“忙しさアピール”が蔓延する背景には、財政インセンティブがある。
- 出動件数が増えたとアピール
- 人員増・車両更新の要求根拠になる
- 予算が付きやすい(議会でも反対されにくい)
このサイクルが長年続いた結果、「暇を認めると予算が削られる」という防衛反応が常態化した。
数字を使って合理化するのではなく、数字を使って「もっと欲しい」を正当化する。
忙しさの物語化は、職員にとっては“暇の担保”
財政当局にとっては“増額の正当化”
市民にとっては“税負担の固定化”
今回の日勤救急隊もまさにその延長線上にある。
平日日中のみ、非常用車で、出動ゼロ日の方が多い──それでも「8月の猛暑で1分縮まった」という物語があれば、議会は納得してしまうのだ。
7 結論──日勤救急隊は「暇の再配分」装置
- 救急車10台×1日4件という運用実態
- 待機時間16時間/稼働時間5.5時間のバランス
- 予備車を常用化し、本部事務の頭数を15人削る
これらを総合すれば、日勤救急隊は本質的には「暇をさらに薄く延ばして再配分」する装置でしかない。
統計が示すべきは、車両削減=コスト削減の根拠だが、現実には「車両増設=忙しさ演出」に使われている。
市民が払うコスト
- 非常用車を日勤専用に回すための維持費
- 本部職員15人の人件費(年間約1億円規模)
- 宿直隊の空き時間がさらに増えることによる“実質的人件費ロス”
将来に残るのは何か
- “救急車は足りない”という誤信
- 税負担はそのまま
- 「忙しい」と主張する習慣だけが組織に固定化
解決を見据えた視点
消防統計は、現場隊員を追い詰めるための数字ではなく、「本当に市民のためになる使い方か」を検証する道具である。
八戸消防本部がもし本気で救急サービスを改善したいのなら、まずやるべきは
- 車両と人員の“適正削減シミュレーション”
- ピーク時以外の徹底待機時間の再配置
- 統計公開と外部評価の受け入れ
……であって、**「暇を埋める装置を追加して忙しいと叫ぶ」**ことではない。
日勤救急隊が本格運用されても、1年後に出動回数が数十件なら「やっぱり要らなかった」と直ちに撤収すべきだ──そうでなければ、統計はまた次の“暇つぶし要員”を呼び込む言い訳になるだけだ。
この日勤隊が実際に何回出動し、どれだけ到着時間を縮め、いくらのコストを上乗せしたのかを来年度決算まで追い続ける必要もあるだろうが、体よく恣意的なデータをまとめるだけなので、外部から正確な判断は不可能だろう。