『志』ではなく『利』で選ばれる時代に──体育会系女子しか採れない消防に未来はあるのか

女性 女 就活 現場の本音
スポンサーリンク

序章|女性職員をめぐる消防の「数値目標」と現実

「消防にもっと女性職員を」──このスローガンは、ここ十数年、全国の消防本部で繰り返し掲げられてきた。総務省消防庁が提示する「女性職員比率向上目標」もあり、多くの自治体が新卒採用や中途採用において“女性の応募促進”を打ち出している。職場環境の整備、女性専用の仮眠室、シャワールーム、制服の改良…。確かに施策は打たれている。

だが、現場の実感はどうか。
女性職員の割合は依然として一桁台。しかも、現場の多くで「採れない」「応募が来ない」「続かない」といった嘆きが聞こえてくる。救急隊であっても、署所に女性が1人か2人しかおらず、夜間帯のシフトや更衣室の問題が運用を難しくしている本部も少なくない。

これは本当に“物理的な環境の問題”なのか?
本質的なズレがあるのではないか?

消防が女性を「採れない」のではなく、「選ばれていない」──その現実を直視しなければならない。


見誤った競争環境──自衛隊・警察との“奪い合い”の構造

現在、女性職員の確保を目指す消防本部の多くが陥っているのは、競争環境の誤認識である。
消防が想定している「ライバル」は主に自衛隊・警察である。実際、これら3業種は共に“体育会系志向”の強い職種として括られ、同じ層にアプローチしている。高校の運動部出身者、柔道や陸上で実績のある人材、あるいは規律ある組織での仕事を希望する若者……。

だが、この3者の中で、女性から最も選ばれているのは誰か?
答えは明白だ。警察と自衛隊である。

警察は、柔道・剣道などの女性枠を設け、昇任や専門職への道も整えている。自衛隊は、防衛大・高等工科学校など、女性がキャリアとして入隊できる教育ルートが確立されており、航空・医療・音楽など、配属先の幅も広い。採用広報でも「仕事としての安定性」「国家の仕組みの中での役割」を強調している。

それに対し、消防はどうか。
「人命救助の最前線」「体力と精神力」「地域の安全を守るやりがい」……その言葉が嫌いなわけではない。しかし、それが響く層はすでに限られており、ほとんどが他の公務職にも興味を持っている“比較的忠誠心の高い層”だけである。

つまり、本当に獲得しなければならないのは、そこではない。
そこを間違えた時点で、女性職員の確保は「永遠に自衛隊と警察の下位互換」でしかなくなる。


若年層の職業選択にある「志」よりも「利」

いまの10代〜20代が職業を選ぶとき、必ずしも“志”や“夢”が動機の中心ではない。
「将来性」「安定」「人間関係の良さ」「働きやすさ」「成長環境」「休みやすさ」──
そうした“利”の視点での判断は、もはや珍しいことではなく、むしろ一般的である。

それは女性であっても同様だ。
むしろ男性よりも、利便性・安定性・生活設計との整合性を重視する傾向が強い。

例えば、

  • 「休みが取りやすく、子育てと両立しやすい」
  • 「勤務時間や夜勤体制がわかりやすくて、ライフプランを立てやすい」
  • 「転勤や異動が少なく、地元で働き続けられる」
  • 「職場の人間関係がフラットで、心理的安全性が高い」

こうした視点から職業を選ぶのは“甘え”でも“妥協”でもない。
それが、今の社会において、当然の選択基準となっているのである。

それにもかかわらず、消防本部は未だに「やる気のある人を求めます」「熱意ある方歓迎」「地域を支える使命感を持って」など、夢と志に訴え続けている。
結果、志は高いが能力は並以下──という職員ばかりが集まるリスクすらある。

打算的でも選ばれる消防へ──なぜそれが必要なのか

消防が今、本気で女性職員を確保したいと考えているのであれば、まず前提を変えなければならない。

「なぜ女性が消防を選ばないのか」を語る前に、
「そもそも女性が仕事をどう選んでいるのか」を徹底的に分析すべきなのだ。

そこで必要になるのが、「打算」と「利己性」というキーワードである。

面接では「人命救助に憧れて」「地域貢献をしたいと思って」と語られることが多い。だが、そういった面接用の“アピール動機”と、本音の選択基準はまったく別である。
本音では、もっと打算的な理由──「給料が安定している」「一生勤められる」「家から近い」「国家資格が取れる」──そういった理由で選ばれていることを受け入れるべきだ。

そして、そういう“利”で選ばれる職場になることに、やましさを感じる必要はまったくない

利己的な動機であっても、能力のある人材が集まれば、現場の質は上がる。
「志はそこそこ、でも冷静で判断力がある」「自己主張は強くないが状況に強い」「結果を出すことに執着する」──こうしたタイプの職員こそ、いま現場に必要とされている。

一方、志だけ高く、妙な正義感や使命感で突っ走るタイプは、時に組織にとっても厄介だ。指示に従わない、自分ルールを押し通す、勝手に突入する、独断でSNSに発信する……。それが「熱意ある若手」として賞賛されてしまうような土壌こそ、古い組織にありがちな病である。

志が高い=能力が高いではない。
むしろ、冷静に環境を選び、打算的に行動する人間の方が、結果的に高い実務能力を持っていることの方が多い。

だからこそ、打算的でもいいから「消防を選ぶ理由」が明確に用意されている組織が、これからの女性職員獲得においては強い。


結論|“根性と献身”だけで組織は回らない

現在の消防本部の多くは、女性職員確保を語る際、「理解ある上司」「安心して働ける環境」「救急や予防業務での活躍」など、表面的な“環境整備”を強調する。

しかし本質的には、「その仕事に、合理的に魅力があるのか」が問われている。

給料、働き方、職場文化、評価制度、配置転換、子育てとの両立、柔軟なキャリア設計……。
これらの要素が整っていれば、「志」や「やる気」がなくても、人は集まる。

逆に、「やる気があれば誰でもできる」などと夢を語っている本部には、能力の高い人間は寄りつかない。
そして実際に来るのは、「声だけ大きくて体力自慢」の昭和型職員ばかりになる。

これは、女性職員に限った話ではない。
若い世代すべてに共通する構造的変化だ。

そしてその変化に適応できない消防本部は、今後ますます人材確保に苦しむだろう。
志や根性だけでは、人は救えない。組織も動かない。
合理的で柔軟な構造こそが、これからの消防の“選ばれる力”となるはずだ。