女性消防士増加を阻む“自己満足”の会議文化
消防組織が女性職員の増加を目指す中で、しばしば開催される「女性消防職員を集めた会議」は、その実効性に疑問が投げかけられています。
これらの会議は、既に消防を選んだ女性職員の意見を聞く場として設けられていますが、実際には、消防を選ばなかった女性たちの意見こそが、真の課題解決の鍵を握っているのではないでしょうか。
現場の女性職員の声を聞くことは重要ですが、それだけでは偏った視点に陥りがちです。
消防組織が本気で女性職員の増加を目指すのであれば、採用段階での課題や、職場環境の改善点を広く収集し、具体的な施策に落とし込む必要があります。
しかし、現状では、これらの会議が形式的なものにとどまり、実質的な変化をもたらしていないことが多いようです。
能力不足の組織が生む“無意味な施策”
消防組織内での意思決定や施策の立案において、しばしば見られるのが、実効性に乏しい取り組みの数々です。
例えば、女性職員の増加を目指すための施策として、日勤救急隊の導入や、女性向けの採用イベントの開催などが挙げられます。
しかし、これらの施策が実際にどれほどの効果を上げているのかは疑問です。
また、組織内での意思決定において、外部の専門家の意見を取り入れることが少ないことも、問題の一因とされています。
消防組織が抱える課題は多岐にわたりますが、それらを解決するためには、内部の視点だけでなく、外部の知見を積極的に取り入れる姿勢が求められます。
しかし、現状では、組織内のプライドや保守的な文化が、外部の意見を受け入れることを阻んでいるようです。
「能力がないのにプライドが高い」集団の限界
消防組織における構造的な問題の根本にあるのは、能力の欠如とプライドの過剰な自己認識です。これは現場に限らず、本部で働く事務職員や企画職員にも当てはまります。職員の中には「頭脳派」を気取る者もいますが、その実態は、専門性に乏しく、調査・分析の手法も確立されていない、自己満足的な思考と慣習に頼ったものばかりです。
たとえば、女性職員を増やすための取り組みの一環として、外部有識者と称する人物を招くケースもありますが、その依頼の仕方、関わらせ方には根本的な誤りがあります。自分たちのメンツを守ることが最優先であり、「呼んだこと自体」が成果であるかのように振る舞います。結果として、有識者の意見を建設的に取り入れることもできず、単なる体裁を整えるだけのパフォーマンスに終始するのです。
本来、変革には外部からの視点と、内部の誠実な自己分析が不可欠です。しかし、消防組織の多くは外部への依存に過剰な抵抗感を示し、「自分たちでなんとかしなければ」という間違った自立思考に陥っています。これが結果として、女性職員を増やすための道筋を自ら閉ざしていることに気づいていないのです。
「検討会」という名の儀式――総務省消防庁の無意味なアリバイ作り
2025年4月17日に報じられた「消防本部における女性活躍推進に関する検討会の開催」。この報道を見て、心から前向きな変化を期待できる人がどれほどいるでしょうか。残念ながら、この記事の読者の多くも「またか」と感じたのではないでしょうか。
この検討会も、他の取り組みと同様、内容の薄さと実効性のなさが目立ちます。参加メンバーの選定も、どれほど現場を知り、どれほど多様な意見を代弁できる人材がそろっているのか極めて疑わしい。結論として出てくる内容も「職場環境の改善を進めます」「柔軟な働き方を模索します」といった、耳触りの良い言葉だけが並ぶことでしょう。
唯一、納得できるシナリオがあるとすれば――それは、すべてがフェイクであり、真の意図は「女性消防職員の排除」にあるというものです。もし、そうではないとすれば、関係者全員が“本気でこの方法が有効だ”と信じていることになり、それはそれで極めて危険な状況です。
女性消防士が増えない理由を“装って”無視する組織
根本的な問題は、女性が消防職という職業を選ばない現実を、組織が真正面から受け止めていないことです。女性を集めて話を聞いたり、検討会を開いたりすることで、「取り組んでいる」というアリバイを作っているに過ぎません。しかし、その場に呼ばれているのはすでに消防を選んだ“特殊な存在”であって、大多数の女性とは感覚も動機も違います。
選ばれなかった理由を知ることなく、選ばれた一部の声を抽出して、そこから政策を導こうとする。これは、選挙で負けた候補が、自分に投票した支持者だけにヒアリングして敗因分析を行うようなものです。根本からロジックが破綻しています。
「なぜ女性が消防を選ばないのか」を問うべき相手は、“現場の女性職員”ではありません。“選ばなかった女性たち”にこそ、本質的な答えがあります。しかし消防組織には、そうした率直な声に向き合う勇気も、耳を傾ける姿勢もない。あるのは、自分たちの面子と失点を避けるための表層的な対策だけです。
■集まっても“無”が広がるだけの会議文化
消防組織が「女性活躍を推進する」として定期的に実施している会議や検討会なるものは、その大半が**“無意味な自己満足”**にすぎない。女性職員を集めて「話し合い」をさせていること自体が、その証左だ。すでに消防を選んだ人に、なぜ選んだかを問うのは、実は何の意味もない。聞くべきは「なぜ消防を選ばなかったか」と判断した女性たちの声なのである。
そしてこの無駄な会議の本質は、**“数の暴力で知性の欠如をごまかす”**という思考停止の構造にある。能力がない者が100人集まっても、現実的な課題解決にはならない。むしろ、意思決定の質を落とすだけである。
これはまるで、小学校1年生を100人集めて「微分積分の問題を解け」と言っているようなものである。そんな非合理を平気で実行してしまうのが消防の組織文化なのだ。
しかも、参加している職員たちの多くは、能力もないくせにプライドだけは高いという“厄介な属性”を持っている。そうした人材に限って、外部に助けを求めるどころか、助けを拒む方向にすら動く。集団としての閉鎖性と過剰な自己肯定感が組織を蝕んでいるということに、彼らは気づいていない。
この構図に風穴を開けるには、“無能な100人”ではなく、“有能な1人”に任せることが絶対条件である。しかし、それができるほど、消防という組織は柔軟ではない。問題の根は深く、解決への道のりは極めて遠い。
■どうすれば女性消防士を増やすことができるのか?
現状の「自称・女性活躍施策」がいかに茶番であるかを論じてきたが、それでも「女性消防士を増やすにはどうしたらよいのか?」という問いは残る。ここでは、“無能な組織でも理解可能かもしれない”レベルの基本的なアイディアをいくつか挙げておく。
1. 「なぜ選ばれないのか」を可視化する
まず最初に行うべきは、選ばれなかった人の声を拾うことだ。女性消防職員を増やしたいなら、進路選択時に消防を候補にすら挙げなかった層の意見こそが最重要である。これをしない限り、的外れなアプローチしかできない。
2. 「現場の文化」を徹底的に見直す
次に、現場の空気・文化の問題だ。いわゆる“体育会系”の上下関係、無意味な慣習、昭和的な指導法など、「そういうのが嫌だから消防は無理」と思われている要因を潰すしかない。特別扱いをしろとは言わない。余計な我慢を強いられる職場をやめるだけで、門戸は大きく開かれる。
3. 女性職員を“PR要員”にしない
女性職員を登用した瞬間にポスターに載せ、テレビ取材に出し、表彰に使い、パンフレットにする――そうした扱いこそが、逆に敬遠される要因である。**「見世物」にされるのではなく、普通に仕事ができる環境があるのか?**それが問われている。
4. 採用や訓練過程の透明性と柔軟性
身体能力だけでなく、協調性、判断力、ストレス耐性など、多面的な評価軸を導入することも検討に値する。現行の採用試験が、“体育の成績が良かった男子向け”のままになっていないか、精査すべきだろう。