今回のテーマは少々特殊な事例となります。
先日あった東京消防庁の「奴隷のように働け」パワハラ事件をもとにした、組織としてパワハラとどう向き合うかを深堀します。
参考事例
概要
消防士Aに対して、その上司である消防士Bが「お前のような無能な人間は、人の何十倍も努力しないと、現場で仲間を殺すことになる!休んでいる暇があったら訓練しろ!勉強しろ!」との発言を繰り返ししていた。
消防士Aは、同僚と比較して体力的にも能力的にも劣っている現状について気付くこととなり、一日でも早く一人前の消防士として認められるために人一倍努力するようになった。
しかし、消防士Aの覚えは悪く、簡単な努力では他の同僚に追いつくことは出来ず、悔しい日々が続いていた。
消防士Aが努力を始めた以降も、訓練中や現場でのミスは減ることなく続いていたため、上司である消防士Bから同様の発言は続いていき、エスカレートしていった。時には、「こんな簡単なことも覚えられない!出来ない!では困る!人を殺す前に辞めてしまえ!お前は消防に向いていない!」との発言もあった。
繰り返される消防士Bの発言を耳にしていた消防士Cは、行き過ぎた指導でありパワハラの可能性があると判断し、消防署長や人事部門に対して事態の改善を求めた。
消防署長はすぐに対応すると言い、双方や周辺の職員から状況の聴取を行った。
その後、人事担当部門の職員が消防署まで来て、同様の聴取をしていった。
状況
消防士Cからの聴取状況「訓練中か否かに関わらず、聞くに堪えない発言が消防士Bから消防士Aに対して行われていた。消防士Aがどう感じていたかは分からないが、自分が言われたかも知れないと想像すると恐怖を感じた。自分自身の事ではないが、上司に報告をした方が良いと思い相談した。」
消防士Bからの聴取状況「消防が掲げる人命救助という目的や、彼(消防士A)には怪我などをして欲しくないという気持ちから、気持ちの入った指導であったことは間違いない。彼は他の職員と比較しても、覚えも悪かった。指導中の言動については、指導の範疇を超えた暴言ともとれるものがあったと考えている。」
消防士Aからの聴取状況「消防士Bから厳しい言葉で指導されたのは事実だが、自分自身の未熟さが原因であるため仕方ないと思っている。厳しい指導のお陰で、少しずつではあるが、一人前の消防士に近づいている気がしている。心身ともに不調は無く、一日でも早く消防士Bさんの期待に応えられるような立派な消防士になりたいと考えている。消防士Bは頼れる立派な先輩であると考えている。特にパワハラの被害を受けていたとは思っていない。」
消防署長の見解「適切な指導方法とは言えない。消防士Aからの被害の訴えこそないものの、消防士Bの言動は明らかに指導の範囲を逸脱しており、パワハラであると言えると思う。」
人事担当部門の見解
- 消防士Bの行為を客観的に見た消防士Cはパワハラの可能性があると感じていた。
- 消防署長もパワハラであると考えている。
- 本来被害者となるべき消防士Aは消防士Bに対して断罪の念は愚か、尊敬すらしている状況であり、消防士Bの処分などは望んでいない。
争点
- 被害者が居ない場合でもパワハラになるのか。
- 指導の場を市民が目撃した場合には、確実にパワハラだと疑われ通報される可能性が高い状況であり、処分しなかった場合には隠ぺいが疑われることとなる。
- 消防士Aは消防士Bへの処分を全く望んでいない。
- パワハラは被害者以外からの申告報告告発によっても成立するのか。
親告罪と非親告罪
犯罪には、被害者からの訴えに基づかないと起訴に至らない親告罪とそれ以外の非親告罪があります。親告罪は、性犯罪や肖像権の侵害など、事件が公になることにより被害者の利益が損なわれる恐れがある犯罪などが該当します。簡単に言うとスピード違反なんかは非親告罪ですね。
パワハラは直接的な犯罪ではありませんが、親告罪でしょうか?非親告罪でしょうか?
親告罪であるとすれば、今回のケースではパワハラ不成立です。
非親告罪であるとすれば、今回のケースはパワハラ成立となります。
繰り返しになりますが、パワハラは親告罪でも非親告罪でもありません。一概にパワハラ成立か非成立かは決めることができないのです。
決断・結論
いずれにしても、通報があった以上、組織として対応を決定をする必要があります。基本的な対応は下の3つです。
- 何もしないという決定
- 消防士Bを厳重注意としてパワハラは無かったものとする
- パワハラがあったものとして確定し、消防士Bを懲戒処分する
なにもしないという決定
被害者に被害者という認識が無い以上、わざわざパワハラとして騒ぎ立てる必要はない。パワハラと認定してしまえば世間に公表する必要があり、組織としての謝罪や社会的責任を求められることとなってしまいます。
組織的なメンツを保つためには最も有益な対応といえるでしょう。
この方法が横行している消防本部は危険です。人事部門は、まず消防士Aを説得するために動き始めます。この人の被害者意識の有無によってこの判断を下せるか否かが決まります。
被害者からの申告を揉み消すことが出来ればいいので、「事を荒立てることにより消防士Aにも不利益が生じる場合がある。取り急ぎ人事異動により二人の職場を分けさせてもらうが、長い目で考えれば書類に残るような事案に載らない方がいい。」などとそそのかし、被害者として申告しないことを勧めていきます。
こういった不道徳であり倫理観の欠片もない人が人事部門にいる状況は危険な状況と言えるでしょう。
組織としての危険度 ★★★☆☆
消防士Bを厳重注意としてパワハラは認定しない
厳重注意であれば、組織として公表する要件に該当しないものと考えられます。
あくまでも行き過ぎた過剰な指導があったものとしての厳重注意です。パワハラではなく、指導方法が組織の理念と一致していないため、指導方法の見直しを求めることを目的として厳重注意とするものです。
処分に該当しないため、昇任昇格的にも給料的にも問題ないものという建前です。
3つの例の中では最も優秀な対応方法と言えるでしょう。
組織として何もなかった事にはせずに、公文書に残る手続きとして、厳重注意(口頭・文書)を加害者に行うことはするが、被害者からの訴えが無い以上、それ以上の手続きはしないということです。
人事部門として越権的な対応や、過剰な揉み消しをせずに最低限の波風を立てて、再発防止を優先した対応と言えるでしょう。ある程度分別のある人事部門の職員であり、最低限のラインを満たしている人たちと言えるでしょう。
とはいえ、パワハラが発生するような職場をつくった責任はあります。よって★一つです。
組織としての危険度 ★☆☆☆☆
パワハラがあったものと認定して消防士Bを懲戒処分する
消防士Aの意向は考慮するものの、周囲の職員から見てパワハラと認識されるような言動行動があった場合には、処分の対象とするというものです。
被害者が居ない場合であっても、人事部門がパワハラの有無を決定することが出来るという状況であり、恣意的にパワハラの認定をすることが出来る状況と言えるでしょう。
パワハラの基準は非常に曖昧であり、画一的な絶対ルールは無いといってもいい状態です。受け取り方、その時の雰囲気、双方の関係性によって大きく変わります。人と人との関係性を文章にまとめることは不可能ですし、その場の雰囲気を完全再現することも不可能です。受け取り方といった気持ちの面においても、気持ちを100%再現して相手に伝えることは不可能です。
そういった再現不可能な状況であるにもかかわらず、被害者が居ない状況であってもパワハラを認定するという決断をする組織(人事部門)とはいったいどんな意図があるのでしょうか?
人事部門が神様にでもなった気になり加害者被害者双方の気持ちを理解したつもりになり、我々の判断は世の中の真理であるという意識があるのです。
恣意的にパワハラの認定をする権限が我々にはあると考えている人々が消防長・人事部門の職員である以上、その組織において彼らは神様に近い存在です。気に入らなければ昇任昇格の制限や懲戒免職の処分をすることも出来る。
組織としての危険度はマックスですね。
いますぐ脱出した方が良いレベルですね。
組織としての危険度 ★★★★★