はじめに
豊橋市消防本部が導入した「機動日勤救急隊」は、ICT(情報通信技術)を活用して救急現場への到着時間を短縮し、救命率の向上を目指す取り組みとして注目を集めています。しかし、この取り組みには多くの問題点が潜んでおり、単純に称賛することはできません。
ICT導入の効果に対する疑問
豊橋市消防本部は、ICTを活用することで救急現場への到着時間を短縮し、救命率の向上を図るとしています。しかし、救急車の現場到着時間には、交通状況、地理的条件、通報の正確性など、さまざまな要因が影響します。これらの複雑な要因を無視し、ICT導入による効果を過大評価することは、誤った政策判断を招く恐れがあります。また、ICT導入の効果を示す調査結果が恣意的である場合、政策を不適切な方向へ導くことになりかねません。
さらに、ICT導入による効果を示す調査結果が恣意的である場合、政策を不適切な方向へ導くことになりかねません。このような調査は、消防に限らず多くの公共団体で採用されており、見直しが必要です。
ICT導入のコストと効果の不均衡
豊橋市消防本部が推し進めるICTの導入は、単なる技術革新の導入ではありません。そこには巨額の税金が投入され、システムの構築・運用・保守といったすべてのプロセスが外部委託によって賄われています。これは、ICT導入に必要な技術や知識を内部に持つ人材が欠如していることの証左でもあります。
本来、公共組織におけるIT活用とは、コスト削減や効率化のために行われるものであるべきですが、現実は真逆です。ICTの導入によって多額の契約費用が発生し、それが毎年予算として組み込まれ、固定化された支出となっているのが実情です。そして、その支出の対価として得られている効果は極めて限定的であり、疑問を抱かざるを得ません。
例えば、ある程度の情報処理能力をもった高校生や大学生に任せれば、数万円の費用で実現できるような簡易的な位置情報システムや通信ツールであっても、消防では数千万円単位の業務委託として処理されていることがあるのです。これはまさに、職員の「無知」が招いた税金の無駄遣いであると言えるでしょう。
技術的な知識が乏しい組織にICTを導入することは、形式的なシステム更新に過ぎず、実質的な業務改善にはつながりません。それどころか、「ICTを導入した」という表面的な実績だけが組織内部で評価され、予算要求の根拠として機能するようになります。こうして「成果なき成果主義」が横行し、公共の予算が不適切に消費されていくのです。
そもそも、現場で活動する隊員たちがそのICTの仕様や活用方法を十分に理解していなければ、導入されたシステムが効果を発揮することはありません。それどころか、ICTというツールの活用そのものが目的化され、「本来の救命活動」や「的確な現場判断」から遠ざかる危険性すら孕んでいるのです。
このような現状に対して、市民が疑問を抱かないのは、情報が開示されず、その実態が見えづらいからに他なりません。情報公開制度や議会でのチェック機能が適切に働いていれば、本来ならばこうした事案は問題視されるべきです。しかし、現実には、「ICT導入=進歩的で前向きな施策」として報道され、誰もがその裏側を精査しようとしません。
このように、ICT導入にかかるコストと、それに見合う効果との間には大きな乖離が存在しています。さらに問題なのは、そのことを内部で検証する能力や意志が組織内に存在しない点です。これが結果として、外注依存体質を強化し、予算の浪費を恒常化させているのです。
救急隊の増加ありきの思考停止と、予算の歪み
今回の豊橋市消防によるICT導入と機動日勤救急隊の拡大において、もう一つ見逃せない問題がある。それは、「救急隊の数を増やすこと」が前提となっている点である。本来、ICTを活用する目的とは、限られた資源で最大限の成果をあげることにあるはずだ。つまり、救急隊の人数を増やすことなく、既存の人員でより多くの救急事案に対応できるようにすることが求められるべきだった。
しかし現実には、救急隊の数を増やす方向でICTが利用され、予算もそのために投じられている。これは、本来ICT導入によって可能となるべき「省力化」や「合理化」と真逆の方向性であり、再配分という本質的な改革とは程遠い。
さらに、こうした「増員ありき」の思考は、救急活動そのものの質や方向性の再検討を妨げている。近年では、軽症事案や社会的入院に分類されるような救急要請が増加しているにもかかわらず、これらを選別・適正化する制度的取り組みは進んでいない。むしろ、「要請が増えているから隊を増やす」「ICTでさらに出動効率を上げる」という単純な発想が繰り返され、救急制度の形骸化を招いている。
このような方針は、消防組織としての本質的な問い――すなわち「本当に守るべき命は何か」「誰に、どのようなサービスを提供するのか」といった根源的な検討を回避することにつながっている。救急車の出動が増え続けることを前提とした施策は、社会全体にとって持続可能とは言いがたく、むしろ限界が近づいていることを自覚すべきである。
そして、ICT導入がこうした「人員増を補強する道具」としてのみ機能しているのであれば、それは税金の浪費であり、技術の誤用である。真に合理的な予算の再配分とは、むしろ必要以上に膨張している人員体制や出動体制を見直し、効果的かつ柔軟に資源を配分することであるはずだ。
救急の現場に立つ隊員たちの努力や献身は疑いようがない。しかし、その現場を支える上層部の政策判断が、時として誤った方向に進んでいることは、今回の豊橋市消防のケースが如実に示している。ICT導入が現場力を高める手段ではなく、単なる予算獲得や外注先のための手段となってしまっているならば、それは公的機関としての信頼を失う行為に他ならない。となれば、見て見ぬふりをしている思考停止の現場の隊員たちも同罪であるといえる。
終わりに:見せかけの改革に潜む危機
豊橋市消防が発表した「ICT導入による現場到着の迅速化」は、一見すると前向きで効率的な施策に見える。だが、その実態は、根拠の薄い恣意的なデータの提示、外部依存による過剰な税金投入、そして組織の構造的硬直性がもたらす無自覚な膨張の連鎖である。
本来、消防という組織は市民の命を守るための存在であり、その行動と判断は厳密かつ誠実でなければならない。ICT導入が、見せかけの改革として利用されるのであれば、それは組織の存在意義そのものを損なうものだ。技術革新を錦の御旗に、真の課題から目をそらし続ける限り、こうした歪みは広がり続けるだろう。
この問題は、豊橋市消防だけに限らず、全国の消防機関、さらには自治体や官庁に共通する構造的課題である。今こそ、その表面的な改革の奥にある不誠実さに、私たちは目を向けるべき時なのかもしれない。