はじめに
この記事は、日本の消防用防護服(防火服・防火帽・長靴)の「形」と「なぜそう変わったのか」を、江戸→明治→昭和→平成→令和の流れでざっくり押さえる早見ガイドです。
装備は自治体ごとの採用サイクルや運用で差が出るため、全国的な目安としてご覧ください。
一目でわかる年表(目安)
- 江戸〜幕末:刺し子半纏・頭巾・手袋で身を守る(水を含ませ熱と火の粉に耐える運用)。代表的実物資料が博物館に多数残る。
- 昭和中〜後期:コート型防火衣+銀長靴(太もも上まで覆う一体型ブーツ)、FRP系の防火帽が広く普及。
- 平成前半:快適性・遮熱性の研究が活発化(東京消防庁の一連のレポート)。
- 1999(平成11):国際規格 ISO 11613:1999 制定。以後、国内でもISO対応の上下セパレート型が急速に普及。一度に更新できない都合上、2005年ころまでは、コート型防火衣+銀長靴の防火服が多くの消防本部で残っていた。2010年になっても、2~3%ほどの消防本部はこの形式であった。
- 2011(平成23):消防庁が「個人防火装備ガイドライン」策定(以降の標準化の土台に)
- 2017/2022(平成29/令和4):ガイドライン改定。防火服は「原則セパレート型」、しころ・シールド等の要件や試験法を整理。
- 近年:高視認性・快適性・汚染管理(除染/保守)の強化がキーワード。防火服生地の多層化
時代ごとの装備と、変遷の理由
江戸〜明治:刺し子半纏の時代
- 形:刺し子半纏+頭巾+手袋。木綿を重ね刺し子で補強し、水を含ませて輻射熱と火の粉に対処。意匠は組のシンボル性も強い。
- ねらい:当時の破壊消防(延焼遮断)が主で、耐熱・耐火というより“耐える”発想。重量増や可動性の低下が宿命。

昭和〜平成初期:コート型+銀長靴、広つば系の防火帽
- 形:ロングコート型の防火衣に、太ももまで覆う「銀長靴」。防火帽はFRP化・しころ付で顔面シールド併用へ。
- 課題:重く蒸れやすい・段差やはしごでの機動性、襟/股部からの熱侵入など。防火帽は後部つばが呼吸器ボンベに干渉する実務上の問題も指摘。



1999年以降:上下セパレート型(バンカースタイル)へ
- 形:上衣+ズボンのセパレート型が主流化。国際規格 ISO 11613:1999 が転機になり、国内普及が加速。
- ねらい:
- 重なりを確保しやすく、襟・股部からの熱侵入を抑制(自治体の更新例でも明記)。
- 可動性・段差昇降の安全性向上。ブーツは膝下〜短靴系+ズボンで一体防護を取る設計に。
- 汚染管理・保守(洗浄・乾燥・交換)の運用改善。



2011→2017→2022:ガイドライン時代
- 消防庁「個人防火装備ガイドライン」が基準の軸に。2017年改定で「原則セパレート型」を明記、2022年改定で関連ISO・保守方針も整理。
- 防火帽は「帽体・着装体・あごひも・フェースシールド・しころ」を原則構成として、頭部〜頸部の防護と呼吸器との適合性を重視。
要素別の“形”と“ねらい”
防火服(上衣・ズボン)
- 多層構造(表地/透湿防水層/断熱層)が国内でも一般化。快適性の研究は2000年代に活発。
- セパレート化の狙いは、熱侵入部位の弱点補強と機動性・整備性のバランス取り。
防火帽(ヘルメット)
- 昭和期の広つば系形状は水滴・火の粉対策に有効だったが、呼吸器併用時の視野や干渉が課題。平成以降は視野確保・干渉低減の改良が進む。
- 現行はシールド+しころを備え、頭部〜頸部の連続防護を重視。
長靴(ブーツ)
- かつて主流の「銀長靴」(膝上一体型)は水侵入防止・脚部防護で合理的だったが、セパレート化したズボンとの一体防護が確立し、膝下〜短長靴型が主流に。銀長靴は消防団のコート型装備で今も規程・製品が残る。
変遷を動かした“外圧”と“内圧”
- 国際標準(ISO 11613 ほか):性能・試験の共通言語ができ、国内の選定基準が整った。
- 行政ガイドライン(2011→2017→2022):装備体系をセパレート型中心に整理し、適合性・保守・汚染管理まで踏み込んだ。
- 実務上の課題抽出:快適性・熱負荷・ヘルメット形状の干渉など、現場研究の蓄積が設計を後押し。
まとめ
- 2000年前後を境に、ロング上衣+銀長靴から上下セパレート型+膝下ブーツ系へ、全国的に主流が移行。一度に更新できない都合上、2005年ころまでは、コート型防火衣+銀長靴の防火服が多くの消防本部で残っていた。2010年になっても、2~3%ほどの消防本部はこの形式であった。
- 転機は ISO 11613(1999)と、消防庁ガイドラインの策定・改定(2011→2017→2022)。
- 近年は高視認性・快適性・汚染管理まで含めた“総合的PPE設計”が焦点。
用語ミニ解説
- 刺し子半纏:木綿を重ねて刺し縫いした作業着。水を含ませ輻射熱と火の粉をしのいだ江戸期の代表的防火被服。
- しころ:首筋〜側頭部を覆う垂れ。防火帽と組み合わせて頸部の防護を高める。
- 銀長靴:膝上まで覆う銀色(アルミ粉入り)ゴム長靴。コート型装備と相性がよく消防団向けで現行製品もある。