悲惨な火災から学ぶために 擁護ではなく、自己否定と再設計を

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はじめに

 殉職を悼むことと、原因に向き合うことは両立します。

 ところが現職の消防職員や元消防職員の言説には、訓練している違反建物が悪い想定外だったで議論を終わらせようとする傾向が根強くあります。
 議論を終わらせようとしている自覚もなく、違反建物を無くすとか、火災を無くすとか、現実的に不可能な方向に話を進めようとしています
参考記事 大阪市での殉職者を出した火災に寄せられるコメントや意見について

 これでは、次をの悲惨な殉職を減らせません。

 本稿の狙いは擁護で思考停止しないこと殉職から学んで、組織をいったん否定し直すこと、そして再設計に踏み出すことです。

 実際にそれを進めた本部もあります。

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小隊訓練は多数やっている。それでも事故は起こる

 誤解を避けるために明記します。
 現場では、救助技術指導会の類だけでなく、小隊としての屋内進入・検索・搬出訓練をくりかえし、反復的に行われてきました。防火服の性能向上とともに練度は確かに上がっています。
参考記事 日本の消防用防護服の変遷

 それでも、連結構造・下階延焼・天井や階段の崩落リスクが重なると、どれほど小隊として屋内進入検索技術の練度が高くても事故は起こり得ます。

 しかも人は訓練でやってきたから、現場でもやりたくなるという傾向を持ちます。
 これに向き合わなければならないし、それを前提に訓練構成を見直ししなければならない。

 反復で身についた行動は現場で選好されやすく、統制側のブレーキより先に体が前へ出る。
 ここを直視しない限り、勇敢さが無謀さへ滑る瞬間はなくなりません。

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簡単な例示

スポーツの例:得意な個人技が練習で決まるほど、本番でもその個人技を出したくなります。しかし試合は点差や時間、味方の配置で戦術が変わります。個人技の成功体験に引っ張られて戦術を無視すると、チームは負けます。

交通の例:交差点で自分が青でも左右を確認します。相手は赤だから止まるはずは安全の設計ではありません。火災で違反建物だから不運という言い回しは、信号だけ見て進む運転と同じです。違反があるなら、なおさら進入条件を厳格に、撤退トリガーを低めにが必要です。

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見える訓練が肥大し、見えない統制が痩せる

 見える訓練=タイムや手技で評価しやすい小隊スキルにフォーカス。SNS動画映えし、達成感が強く、広報もしやすい。

 見えない訓練=複数の小中隊を俯瞰的にコントロールすること、進入時の安全管理、退路の冗長化、撤退トリガー、無線統制、あらゆる情報を統合して判断すること、短時間ローテーション、これらは数字化にしにくくである。出世にもつながらない

 放っておくと訓練は前者の見える訓練に偏ります。

 その結果、入る技、すなわち個人技はうまくなるのに、火災を防御する術、すなわち試合に勝つ戦術が痩せ、犠牲が発生するのです。

 今回の殉職事案が示すのは、まさにこの偏りです。

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自己否定と再設計に踏み切った動き

 東京消防庁は、過去の殉職という痛ましい事案を契機に、次のような方向で組織の在り方を見直しました。

 細部は事案により変わりますが、軸は明確です。
・装備と隊形、役割分担の定型化
・進入管理者の外部配置と検索ロープの標準運用(退路の二重化)
・内部活動は短時間ローテーションを基本とし、間隙を作らない
・下階の延焼阻止線を確保してから上階へ段階的に前進
・撤退トリガーを事前に明確化し、迷わず実行
・PAR様の点呼で所在と状態を定期把握

 要するに入る勇気より全体の仕組化へ重心を移したのです。
 これは組織自身や、一部の管理職員の自尊心を満たす改革ではありません。

 自分たちの慣れや成功体験を、いったん否定する痛みを伴う再設計です。これは、隣に座っている管理職を全面的に否定することにもなりますが、それが求められている。
 家族だとか仲間だとか言うことをいいことに、お互いを擁護しあう関係を肯定し続けているのです。

 お互いの成長を阻害する、毒親、毒息子の関係に他ならないともいえるでしょう。

 お互いを否定していくという、合理的な反転は、殉職から学ぶの実例として記録されるべきです。

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それでも短絡は残る

 同じ組織の内部にも、違反建物が悪い、想定外だったで片づける現職消防士たちの声はまだまだ残ります。もちろん、元消防職員も同じです。

 そういった現職には辞めてもらった方が、組織のためともいえるでしょう。

 ルールを変えても、活動する現場隊員の思考回路が変わらなければ再発は防げません

 一度正しい方向を向くことのできた組織に対しては、自分自身は火災防御活動の大きなシステムの一部でしかないことを自覚するべきでしょう。システムの一部が暴走すれば、火災防御というシステムは崩壊します。

 必要なのは、標準化された統制に自分の直感を従わせる訓練です。
 英雄譚や偶然の成功で運用を上書きしない。ここが文化の要です。

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擁護論の危うさを具体化する

・訓練している
→ どの条件で適用してよいかを決めていますか。適用条件が無ければ、訓練はアクセルにしかなりません。
・違反建物が悪い
→ だからこそ進入条件を厳格化し、撤退トリガーを低めに設定する根拠が増えたのです。免罪符にはなりません。
・救助最優先だから入る
→ 段取りを整えたあとで入るのが救助です。段取り無しの進入は、救助の遅延と被害拡大につながります。

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現場像で比べる:悪い流れと良い流れ

条件:単一階段の雑居ビル。下階は高温濃煙。上階に要救助者情報。

悪い流れ
・先に小隊が階段を上がる
・人員とホースが階段に密集し退路が詰まる
・下からの熱と煙で退路喪失

良い流れ
・下階に延焼阻止線を先に敷設
・上階に入る隊は【筒先と検索が常に近接】
・進入管理者は屋外で検索ロープを保持(退路の二重化)
・短時間ローテーションで間隙を作らない
・PAR様の点呼で所在を定期確認
・撤退トリガーに達したら、迷わず一歩下げる

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小隊訓練の価値を認めたうえで、重心を入れ替える

小隊の練度は必要です。否定しません。

むしろ維持が前提です。

そのうえで、同等かそれ以上に次の領域へ時間と評価を移してください。
・退路の二重化(ホース線+検索ロープ)
・進入管理者の外部配置と定期点呼
・短時間ローテーション(活動は短く、交代でつなぐ)
・進入口と退路の冗長化(単一路線なら特に厳格化)
・進入の許可条件と撤退トリガー、通信規律の共有
・成功談だけでなく、危なかった兆候を言語化して共有

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聡明な少数の声を通す設計に

 多くの本部では、聡明な少数が初めからいないか、いたとしても、組織の無能さに絶望して既に消防本部を去っています。
 残るのは声の大きい無能な擁護論を掲げる職員のみです。
参考記事 優秀な人材が去り、無能が残る:消防組織の深刻な人材流出問題

 ここを変えるには、人事・表彰・昇任を含む評価軸を見える訓練から見えない統制へ移す必要があります。
 仕組みで後押ししなければ、合理は通りません。

 とはいえ、すでに優秀な人が去り切った消防本部では、そういった人事制度の設計すら不可能なので、残念ながら悲惨な事故が発生するのを待つことしかできることはありません。

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結びに

 道頓堀の殉職から学ぶべきことは、【擁護の言葉】ではなく【自己否定と再設計】です。

 小隊訓練は多数やってきた。その価値は大きい。

 ですが、それだけでは守れない局面があるし、【やってきたから、やりたくなる】という人の傾向も消えません。だからこそ、組織は意識的に重心を移す必要がある。
殉職を悼むなら、擁護ではなく【点検】を。礼賛ではなく【設計】を。実際に自己否定から再設計へ進んだ本部があるという事実は、私たち全員へのヒントです。今日の当直から、退路の二重化、進入管理者の外部配置、短時間ローテーションという小さな一歩を積み上げていきましょう。次の一件を、確実に減らすために。