ニュースで持ち上げられる「救急車寄付」
新聞やテレビで「企業が救急車を寄付しました」というニュースを見かけることがあります。
地域に貢献する美談として取り上げられ、拍手喝采を浴びる出来事。
しかし、現場を知る者からすれば、この寄付は必ずしも意味のある行為ではありません。
むしろ、寄付をした側の善意が、行政にとって都合よく利用されているにすぎない側面があるのです。
救急車は寄付がなくても更新される
まず大前提として、救急車は寄付がなくても必ず更新されます。
耐用年数は10年前後で、各自治体には長期スパンの更新計画が組まれています。
財源も計画的に積み立てられ、必要があれば予算は確保される。
「財政が厳しいから救急車は買えない」という状況は起こり得ません。
つまり、寄付をしてもしなくても結果は同じ。
「救急車を寄付したから地域が助かった」というのは、行政が市民に抱かせたい幻想でしかないのです。
浮いたお金はどこへ行くのか
では、寄付によって救急車の費用、仮に4,000万円が浮いたとしましょう。
そのお金はどこに行くのか。
答えは単純です。消防には戻らない。
浮いた分は「自治体全体の財源」として扱われ、しばしば消防以外の事業に回されます。
しかもそれは、住民生活に本当に役立つとは限りません。
よくあるのは、「どうでもいいイベント」「誰も読まないチラシ」「首長の選挙対策を意識したバラマキ」。
こうして寄付者の善意は、行政の都合に溶けて消えていきます。
寄付対応の裏側
現役時代、寄付の相談を何度も受けました。流れはだいたい次の通りです。
- 「寄付したい」と相談が入る
- 金額や現物の種類を確認する
- 本部内でどの部門が使うかを検討する(時に“取り合い”)
- 「寄付してやったぞ感」が出るように、見栄えを重視する
- 仕様書などは消防本部が業者とやり取りし、請求書は寄付者へ
要するに「寄付者の顔を立てること」が最優先。
必要性よりも“寄付の体裁”が重視され、行政にとって都合の良い形で処理されていくのです。
では何を寄付すべきか
救急車は行政が必ず予算を組む対象です。
寄付の善意を生かすなら、むしろ次のようなものが適切です。
- 防災指導車:地震体験車や消火体験車。更新スパンが長く、住民が直接利用できる。
- 住民訓練用資機材:水消火器、煙体験ハウス、救急蘇生人形など。長く使えて、住民に寄付の効果が伝わる。
- 大規模災害資機材:スコップ、油圧ジャッキ、照明器具、難燃毛布。平常時は目立たないが、災害時に必ず役立つ。
これらは行政が後回しにしがちな分野であり、寄付の価値を最大限に発揮できる対象です。
善意を利用されないために
救急車寄付は「立派な行為」と報じられますが、その実態は行政の都合に組み込まれ、浮いた財源は市民のためではなく政治的な都合に使われがちです。
つまり、善意がそのまま地域に届くとは限らないのです。
寄付をすること自体は尊いことです。
しかし、その善意を無駄にしないためには、「行政が必ず予算を組むもの」に寄付するのではなく、「行政が後回しにしがちなもの」に寄付することが大切です。
そうでなければ、寄付は「地域のため」ではなく、「行政にとって都合の良い補助金」として消費されてしまうだけです。