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消防に関する勘違いを勘違いするな!SNSで広がる都合の良い美談とその裏側

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SNSで拡散される「美談型PR」の功罪

「消防に関する5つの勘違い」──そんなタイトルで発信されるSNS投稿を目にする機会が増えてきた。Instagram、X(旧Twitter)、TikTok。短い言葉で感情に訴え、視覚的に“いい話”を届ける投稿は、消防組織の広報手段として一定の効果を発揮している。

しかし、その多くは事実に即しているようで、実は現場の実態を著しく歪めているものも少なくない。好意的に見れば無知ゆえの善意、だが実態としては「都合のいい誤解」を意図的に拡散するプロパガンダに近い。

ここでは、そうした投稿の典型ともいえる「消防に関する5つの勘違い」に対し、あえて“現場”の視点から異論を提示したい。


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勘違い①:「消防士」が正式名称?

 まず、「消防士が正式名称ではありません」という記述。これは一見正しい。実際には「消防士」というのは階級名であり、「消防職員」や「消防吏員」が法的な呼称である。

 この点については、当サイトでも以前詳しく解説している通り、消防士とは階級制度上の最下級にあたる職名に過ぎない。つまり、消防士は消防職員の中の一階級にすぎず、全体を指す言葉としては不正確である。

 ここまではいい。しかし、その説明の多くが「消防職員は誇り高き専門職」「消防吏員は精鋭」などという感情的な言葉で美化される傾向にある。階級制度の実態や役職構造の不透明さ、あるいはその名称すら市町村ごとにバラバラであることには触れられない。

 名称の問題を語るなら、その制度設計の曖昧さや階級と実務能力の乖離、そもそも消防吏員という法的区分自体が国民に全く知られていない現状をまず正面から議論すべきではないか。


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勘違い②:「火事を消すだけの仕事ではない」

 次に多く取り上げられるのが、「消防士は火を消すだけではなく、救急・救助・災害・教育・調査など幅広い仕事をしている」という主張である。

 もちろん、これは事実だ。119番通報に対応する任務は、火災だけでなく救急出動や災害派遣、救助活動など多岐にわたる。通報受理、現場出動、搬送、記録処理、調査報告…それらはすべて消防の仕事である。

 しかし、ここには巧妙なすり替えがある。たしかに「業務範囲」は広がった。だが、それは業務の細分化にすぎず、「幅広い仕事」という表現にはならない。例えるなら、コンビニ店員が「レジ・品出し・掃除・検品・発注」をしていることを「多岐にわたる専門職」と呼ぶのと同じくらい、論理として飛躍がある。

 しかも、消防業務の多くは「119番通報」という1つの窓口を起点に動いており、そこに関連した一連の処理があるだけで、本質的には単一任務の遂行体制でしかない。複数の専門性を求められているかのような印象操作には注意が必要である。

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勘違い③:「身体的な仕事だけじゃない」

 「消防士の仕事は肉体労働だけではない。専門知識・戦略的思考・判断力・コミュニケーション能力・心理的な強さも必要だ」──この言葉もまた、イメージ戦略としては非常に魅力的である。しかし、現実はそこまで高尚な話ではない。

 たしかに、救急現場では一定の医療知識や薬品名、病状分類の知識を使うこともある。災害現場では地形の読み取りや資機材の選定が求められる場合もある。だが、その多くは定型対応の範囲内に収まる。毎回判断を迫られるような場面があるわけではなく、マニュアル通りの対応が基本であり、それ以上の柔軟な知的判断を求められる場面は、実はかなり限られている。

 「戦略的思考が必要」と言われるが、それを活かせるような運用体制が存在していないのが実態だ。むしろ、そのような思考力をもつ人ほど組織文化に絶望して離れていく。なぜなら、自らの判断や提案が受け入れられる機会はほとんどなく、ヒラ職員は上層部の指示に従って動くだけの“手足”と化しているからだ。

 コミュニケーション能力や心理的耐性についても同様だ。たしかに、クレーム対応や現場での家族対応、時には自殺志願者の説得など難しい場面もある。しかし、それを言うならコンビニの深夜店員の方が、外国語対応から酔客の対応まで多様な知識とスキルを必要としているとも言える。

 つまり、「消防士=知的な専門職」というブランディングは、どちらかといえば外部向けの演出であり、現場ではそれに見合うような体系的教育も実戦訓練もないのが現実である。


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勘違い④:「常に危険な仕事である」

 「危険に直面する前に厳しい訓練を受けており、現場ではリスク管理をしている」──この主張も、理屈としては一応成立している。しかし、実際に行われている訓練内容を見ると、その多くが現場とは無関係な形式訓練である。

 その最たるものが「消防救助技術大会」や「ポンプ操法大会」などの競技会形式の訓練である。日常業務の合間を縫って、暑さの中で何十回も同じ動作を繰り返す。これが“厳しい訓練”であることは間違いないが、果たしてそれが実戦に活かされるのかといえば、答えは否である。

 また、「危険な現場での進入訓練」も、実際には“やっている風”のパフォーマンスに近い。例えば、SNSで見かけたとある消防本部の動画には、建物内部への進入訓練の様子が映し出されていた。しかし、実際の火災現場では安全管理上、そのような突入行為はまず行われない。つまり、現実には適用されない訓練に時間を費やしているということだ。

 危険を最小限にするには何をすべきか。それは、「無駄な訓練をやめて、実際に必要な訓練──たとえば緊急走行中の事故を防ぐ運転訓練──に集中する」ことだろう。

 しかし実際には、形式にこだわった訓練が重視される一方、緊急車両の走行技術や判断能力に関する教育は軽視されている。結果として、事故を起こしても「仕方がなかった」で済まされ、次の世代もまた同じ過ちを繰り返す。

 消防の現場が「常に危険」と言われることは、それ自体が誇張であり、また言い訳にもなっている。現実には、必要な危険ではなく、不必要なリスクを放置したまま訓練という名の自己満足に時間を費やしているのが現状だ。

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勘違い⑤:「消防士は男だけ」

 「消防士は男性だけと思っている人がいるかもしれませんが、女性も活躍しています」という言い回しも、SNSでよく見かける“勘違い訂正”のひとつである。これはたしかに事実誤認を正すものだが、その“訂正の仕方”自体が、逆に問題の本質を覆い隠している

 現在、全国の消防職員に占める女性の割合は極めて低く、総務省消防庁のデータによれば全体の約3〜4%程度に過ぎない。さらに深刻なのは、女性職員の離職率の高さと、昇進の壁の存在である。つまり、「女性もいます」ではなく、「なぜ女性がいないのか、辞めてしまうのか」が本来問われるべき問題なのだ。

 また、表面的な“多様性の演出”に終始している実態も見逃せない。広報チラシや採用パンフレット、SNS投稿には、なぜか女性職員ばかりが取り上げられ、まるで「男性の中にひとり戦う女性消防士」のような演出がなされる。だが現実には、そうした職員が現場で発言権をもって業務改善に関わっている例は極めて少ない

むしろ、消防組織の内部には依然として旧態依然の男社会の空気が根強く残っており、パワハラ・セクハラ・妊娠に対する理解不足といった要因が、女性職員の早期離職や心理的孤立を招いている。

本当に「男女問わず活躍できる組織」なら、離職率に性差が出るはずがない。そして、少数派である女性職員が過剰にPR素材として使われている現状を見れば、その組織が“多様性”をどう扱っているのかは火を見るより明らかである。


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総括:「正すべきは“勘違い”ではなく、組織の在り方」

SNSで語られる「消防に関する5つの勘違い」は、表面上は誤解を解く情報発信のように見える。だが実際は、都合よく切り取られた“美化された真実”にすぎない。

 「正しいことを伝える」ことは重要だ。だが、それは決して都合のよい部分だけを伝えることではない。そして誤解を解くと称して、さらに別の誤認を植え付けるような“情報発信”は、むしろ逆効果ですらある。

 消防という組織は、社会からの信頼の上に成り立っている。だからこそ、その信頼を利用して、曖昧で装飾されたイメージだけを発信するような姿勢は、真に信頼される組織とはいえない。

 「勘違いを正す」と言うなら、まずは組織そのものが、自分たちに都合のいい幻想から目を覚ますべきだ──その視点なしに、いかなる広報も、いかなる言葉も、現場の実態から乖離したままである。

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